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ブログを書いていつか自分の子どもたちに伝えたいことや知恵を残そう

こんにちは!よっぴです。

今日は、「ブログを書いていつか自分の子どもたちに伝えたいことや知恵を残そう」というテーマについて書いてみたいと思います。

以前に別記事で、ブログは備忘録にも日記代わりにもなるというテーマで書きましたが、その延長線上の話になります。

結局のところ、ブログは日記とほぼ同じ意味なのですが、発信するという点において、日記よりかは内省的ではなく、かつ、有益な話をするための意識が高めなので、今は伝えることができない大事な人に向けて残すという意味でもよいのではと思うようになりました。

その理由は子どもがまだ幼く、教えたい、伝えたいことがあるが伝わらない(理解できない)ということです。

ちなみに僕の子どもの年齢は5歳です。

当たり前の話ですがちょっと難しい言葉や話の内容は理解できません。「ぱぱ、○○って何?」と、すぐに質問が返ってきます。

でも普通に考えてそうですよね。

そもそも僕が伝えたい大事なこととかって、大人になってから知ったり理解したものがほとんどですから。

僕の場合は親から逐一、何かを教わったということはありませんでした。

幼少の頃は、間違えてたらとりあえず怒られる、です。

何がいけなかったのか、どうするべきなのか、の具体的な説明はなしです。

そうなると、なぜダメだったのか?が理解できていないので、これやったら怒られる!という反応だけが残ります。

物心ついてからは自分を取り巻く世界は学校がほとんどになります。

長い時間、関わる人間も親から先生とか同級生とかにシフトします。

そんな中で、必ずしも“正しい”人達ではない人達をも相手にして生活するので怒られたりする内容やポイントも人によって変わります。

今だからわかるのですが、自分が子どもの時の感覚や見えている世界感というのは、同じ人間ですが当然、今の自分とは全く違います。

その感覚を子どもに押し付けるのは不可能です。

なんとなく子どもの見えている世界感や感覚は自分も一度は通った道なので当時の事を想像し思い出すことによって何となく理解できます。

親から言われたからと言って理解するものでもありません。

大人になって大失敗して、その原因を思う時、ああそういえば親がああ言ってたっけ、それはこういうことだったのか・・」と思うことがしばしばありました。

これは経験して、かつ、反省して始めて理解したことです。しかも事前に親の一言がなければ確信には至りません。

僕ができることというのは種蒔きだけです。

然るべきタイミングの時に、蒔いた種が実を結んでくれればそれが子どもが1歩成長することの要因となります。

子どもが大きくなるにつれて変化するように、僕自身も当然、変化します。

時間の経過とともに価値観や考え方が変化するかもしれません。大事なことを忘れてしまうかもしれません。

ですので、日記(ブログ)という形で残しておけば、自分がいなくなって、何かのタイミングで自分の子どもたちがそれを読んだときに、人生の指針や生きていく上での知恵となればこれほど素晴らしいことはありません。

そもそも僕は何かを書き残す習慣(特に日記)というものはなかったのですが、いろいろな意味でいろいろな役割を果たすブログを書くメリットを感じたので、内にも外にも向けて有益なコンテンツを今後も書き続けることにしました。

これからはますます時代の変化のスピードが加速していくと思うので、10年後とか20年後とかに振り返って読んでみたら面白そうですよね。

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